お寺でマインドフルネスリトリート|おすすめ1泊2日の旅|日常をアンインストール
- 6月2日
- 読了時間: 9分
更新日:6月9日

去年の夏、解散前のお茶の時間に、ある参加者の方がこんなことを話してくれました。
「こんなに何もしない時間って、人生で初めてだったかもしれません」
好きが仕事になり、責任が重くなっていったという会社経営者の方です。
休日になっても頭のどこかで仕事が続き、身体は休んでいるのに、神経だけがずっと走り続けている。そんな状態が、いつの間にか普通になっていたそうです。
千葉・館山のお寺で過ごした1泊2日のあと、
その方は、肩の力が抜けるという感覚を久しぶりに思い出したようでした。
今年もまもなく、studio mindflowのフラッグシップ・リトリート「夏の座」の季節がやってきます。
「リトリートとは、何をするのですか?」とよく聞かれます。
座る瞑想、歩く瞑想、海辺で過ごす、夜空を見上げる
——スケジュールを並べても、あの時間の本質には届きません。
リトリートは、何かを「足す」時間というより、
知らないうちに背負っていたものを下ろす「引く」時間かもしれません。
予定、役割、期待、責任、「ちゃんとしていなければ」という無意識の緊張。
普段あまりにも自然に抱えているものを、少しずつ手放していく。
昨年2025年7月、千葉県館山市の古刹・真野寺で開催した「夏の座」を振り返りながら、今年の参加を迷っている方への、静かな招待状としてお届けします。
館山のお寺に集まった、素敵な大人たち
2025年7月、夏のはじめの土曜日。
年齢も職業も異なる大人たちが、千葉・館山の真野寺に集まりました。ほとんどの方が初対面。東京から到着した皆さんの表情には、まだ日常の緊張感が残っていました。
ご本尊様へのご挨拶を済ませて、午前のマインドフルネスセッションへ。
瞑想がまったく初めての方も多く、「ついていけるかな」と緊張した面持ちでのスタートです。けれど、だんだんと呼吸が自然に深くなっていく。日常の速度から急に静けさへ入る、その戸惑いごと受け止めるところから、リトリートは始まります。
リトリートが、ただのリラクゼーションではない理由
1泊2日のリトリートと聞くと、少し贅沢な休暇のように感じるかもしれません。けれど、リトリートが目指すのは、リラクゼーションのその先です。
短期のマインドフルネスリトリートに関する欧米の研究では、知覚ストレスや不安の低下、炎症に関わる生体マーカーの変化が報告されています。気分がすっきりしたという主観的な体験にとどまらず、身体のストレス反応そのものに影響しうるということです。
忙しさの中では、自分がどれほど緊張しているかにすら気づけないことがあります。
休んでいるつもりでも、頭の中では次の予定を組み立て続けていることがあります。
だからこそ、ときには環境そのものを変える必要があります。
いつもの場所、いつもの役割、いつもの情報の流れから少し離れる。
デジタルデトックスを通して、常に外側へ向いていた注意を、自分の身体と心へ戻していく。
すると、自分の疲れや緊張に、ようやく気づけることがあるのです。
オクラはこんなふうになるのか
午後、お寺の近くの農園を訪ねました。
畑に足を踏み入れて、最初に出迎えてくれたのが、オクラでした。
「オクラって、こんなふうになるんですね」
誰かが、ぽつりと言いました。私自身も、オクラが上向きに、空に向かってまっすぐ伸びていることを、その時改めて知りました。スーパーの棚で見るオクラは、横に寝かされて並んでいます。あれが、こんなふうに天に向かって育っていたのか。
大きいの、小さいの、まだ若いの、収穫を逃し少し硬くなっているの。一本ずつ表情が違って、それを自分の手で、根元からパチンと切る。指先に伝わる、チクチクとした感触、採れた瞬間の手応え。
心理学の「注意回復理論(Attention Restoration Theory)」によると、
私たちの脳には、2種類の「注意」があります。
ひとつは、脳を酷使する『オンの集中』。仕事のメール、スマホの通知、人混みを歩くとき——意識的に何かに集中し、邪魔なものを排除しようとするときに使う注意です。脳のエネルギーを激しく消費し、使い続けると、集中力の低下、イライラ、ミスとして現れる「脳疲労」を引き起こします。
もうひとつが、脳を休ませる『オフの集中』。風に揺れる木々、波の音、夕日、そして畑で空に向かって伸びるオクラ。頑張らなくても五感が自然と引き寄せられるこの注意は、脳のエネルギーをほとんど消費しません。それどころか、こちらが働いている間に、消耗していた『オンの集中』が休まり、回復していくのだそうです。
私たちは日々、結果だけを受け取ることに慣れすぎているのかもしれません。成果、返信、評価、数字、予定。すぐに分かるもの、すぐに役に立つもの、すぐに答えが出るものばかりを追いかけていると、その途中にある豊かさを見落としてしまうのかもしれません。
裸足で砂を踏んだ、夕方の海辺
夕方、海へ向かいました。
靴を脱いで砂浜に立つと、それだけで参加者の表情が少し変わります。足元が不安定になるせいか、自然と歩く速度が落ちる。
足の裏に意識を向けると、砂の細かい粒、まだ陽の温もりの残った表面、その下のひんやりとした層。足という、普段ほとんど意識を向けない場所に、こんなにたくさんの情報があったのかと気づきます。これが、グラウンディングと呼ばれる体験です。
しばらく歩いたあと、皆で大地に座って、夕日が沈んでいくのを眺めました。
オレンジ色に染まっていく空を見ていると、自分の呼吸もゆっくりになっていく。肩のあたり、お腹のあたり、太陽が水平線に触れる頃には、それまで気づかなかった身体のこわばりが、ふっとほどけていくのに気づきます。
そして、不思議なのは、目で見ているはずなのに、体の感覚として何かが伝わってくること。
これは、近年マインドフルネス研究で注目されている
内受容感覚(interoception)——自分の身体の内側の状態に気づく力——
と深く関わっています。
マインドフルネスのメタ分析でも、実践が内受容感覚を高めることが示されています。
自分が疲れていること、緊張していること、呼吸が浅くなっていることに気づける。
それは、自分自身の声を聴き取る力の土台です。
真っ暗な山の中で、椅子に横たわった夜
夕食を終えた頃、お寺の裏手にある山道へ向かいました。
懐中電灯の小さな光だけを頼りに、皆で歩いていく。都会では決して体験できない、本当の暗闇です。
視覚情報がほとんど遮断されると、それまで使っていなかった他の感覚が、ゆっくりと立ち上がってきます。葉擦れの音、自分の足音、夜の山の気配、隣にいる人の気配。そして見えないことからの不安。
しばらく行くと、樹木に囲まれた小さな広場に到達します。一人ずつ椅子に横たわります。スチールドラムの優しい音色が、ゆっくりと空間に満ちていきました。
目を瞑っているのか、開けているのか、わからなくなる。輪郭が周りの自然と混ざり合っていく。
真っ暗な森の中にいると、最初は少し怖さもありました。でも、みんなの気配を感じていると、怖さは、ゆっくりと消えていきました。
これは、Social Baseline Theoryとして研究されています。人は信頼できる他者と共にいるだけで、脅威への警戒や心理的な負荷を分かち合うことができ、脳のリソース消費そのものが減るという考え方です。
そして、静寂の真ん中で、ひとりひとりが、自分の内側に降りていく時間を持ちました。
問いかけがあって、それに対して、ロジカルな答えなんて求められていない。頭ではなく、もっと深いところから、言葉にならない何かが湧き上がってくるのを、ただ受け取る。
それは、その夜、その場所、その仲間と一緒だった自分、すべての偶然の重なり。
一人で星を見るのと、誰かと一緒に黙って星を見るのは、同じように見えて、まったく違う体験です。
ひとりじゃないと知りながら、ひとりで自分の内側に降りていく。リトリートでしか起きない時間が、ここにありました。
解散の前に、皆さんが話してくれたこと
2日間の最後に、お茶を飲みながらリフレクションの時間を持ちました。
普段、自分の感情を表現するタイプじゃないんです。昨日出会って、一泊二日を一緒に過ごしただけなのに。最後に、なんだか「愛」のようなものを感じて。口にするのは少し照れくさいんですけど、確かに、そんな温かいものがありました。
普段、自分がどれほど急ぎ足で生きているか、ハッとさせられました。ただ自分のことだけに向き合う時間。一体いつぶりだろう……、もしかしたら、これまでの人生になかったのかもしれない。そう気づけただけでも、ここに来て本当に良かったです。
スマートフォンを触らずに、これほど長い時間を過ごすのは初めてのことでした。ここでは、時間がものすごく雄大に流れていて。最初は、自分の肩に力が入っていることすら気づいていなかったけれど、時間が経つにつれて、ああ、こんなに体に力が入っていたんだなって。だんだん五感や体の感覚が戻ってきて、「自然って、こんなに綺麗だったんだな」と、新鮮な気持ちで受け取れました。
夜の瞑想のとき、見上げた星があまりに綺麗で。「こんなに何もしていない時間って、いつぶりだろう」と、ふと思いました。これでいいんだ。ただ、こうするだけでいいんだな、って。日常に戻っても、こういう時間を作っていこうと思います。
日常に戻ってからも続く、深いリカバリー
リトリートの価値は、その場で気持ちよくなることだけではありません。
本当に大切なのは、日常に戻ったあとに何が残るかです。
医療従事者を対象にしたマインドフルネスプログラムの研究では、ストレスやレジリエンス、バーンアウト指標の改善が、プログラム終了後も10〜12ヶ月維持されていたと報告されています。深い回復の体験を一度身体で知ると、日常の中でも自分の状態に早く気づけるようになる。疲れを限界まで放置する前に、立ち止まれるようになる。
リトリートは、日常から逃げるためのものではなく、
日常に戻ったあと、自分を見失わずに生きるための土台をつくる時間です。
今年の夏、伊豆へ
2026年の「夏の座」は、舞台を伊豆・河津へ移します。
モダンな宿坊と温泉とおいしいお料理と。プログラムも新しく、パワーアップしてお届けします!
日程 | 2026年7月18日(土)13:00 〜 7月19日(日)13:00(1泊2日) |
場所 | 伊豆・河津「慈眼院」宿坊 禅の湯 |
主なプログラム | 河津七滝での歩く瞑想/河津海岸でのグラウンディング/天城温泉と地熱岩盤浴/馬と向き合うホース・ミラーリング/静かな内省とシェアリング |
走り続ける日常を立ち止まり、お寺で静けさを取り戻す1泊2日のマインドフルネスリトリート。
リトリートへ行く前に、まずは週に一度の瞑想からはじめたい方 東京 広尾のスタジオ(またはオンライン)で、無料体験を行っています。
参考文献
Gardi et al. (2022). Psychoneuroendocrinology — 短期マインドフルネスリトリートとストレス・炎症マーカー
Ohly et al. (2016). Journal of Toxicology and Environmental Health, Part B — 注意回復理論(Attention Restoration Theory)
Treves et al. (2025). Scientific Reports — マインドフルネスと内受容感覚のメタ分析
Coan & Sbarra (2015). Current Opinion in Psychology — Social Baseline Theory
Klatt et al. (2022). EXPLORE — 医療従事者向けマインドフルネスプログラムの長期効果
※リトリートやマインドフルネスの効果には個人差があります。本記事は医療的効果を保証するものではなく、治療を目的とした内容ではありません。



